✍温聲筆記✍

温又柔が、こんな本を読んでいる、こんな文章に感銘を受けた、と記すためのブログ

完璧な装幀

メモ。「手紙を最初に読んだときには、遠い親戚や友人に何通も発送されたうちの一通、死亡通知に思えた。ところが、今読むと、明らかに彼女だけに宛てられたものだ、文のひとつひとつが彼女のために慎重に考え抜かれている。あまり書きすぎないように書き手…

「私たちはユニークな存在である」

メモ。「花瓶を割ってみなさい。その断片を再び寄せ集める愛は、それが完全だった時にその均整を当然と受け止めていた愛よりも強いのです」(ウォルコット)。 中村達さんのご著書『私が諸島である』で引用されていた、ノーベル文学賞受賞時のウォルコットの…

戸惑いながら、絶望に抗うというかたちの「希望」を保つ

メモ。「此岸と彼岸に亀裂がはいっているようにも見えるし、蛇のようにぐねぐねの、寒々しい途方もない道のりの先に、すでにこの世を去った人びと、これから生まれ来る人びととの出会いを幻視し、もうひとつのこの世が浮上する。そんなことを想ってみた」(…

私の特別な存在——台湾”新二代”作家・陳又津——

あるむの台湾文学セレクションシリーズ。最新刊は、陳又津さんの長篇小説『霊界通信』! 1986年生まれの陳又津さんは、私にとって、今、最も敬愛する現代作家のお一人です。日台作家会議での登壇や、高山明氏の演出によるヘテロトピアシリーズで執筆を共…

🏵ミモザの日に

わたしは、この本のなかで紹介されているアイルランドの作家メアリー・ダフィーのことばがとんでもなく好きで、特に太文字にした箇所は、もはや創作の指針になっている。 「感情を昂らせるのでもなく哀れみを誘うものでもなく、多様性と豊かさを併せもつ障害…

螺旋階段みたいな、この過程をまた昇ってゆく

メモ。「よい散文を書く作業には三つの段階がある。構成を考える(komponieren[作曲する])という音楽的段階、組み立てるという建築術的段階、そしておしまいに、織りあげるという織物的(textil*)段階である」(ヴォルター・ベンヤミン) この短文には、…

愛とか強調すると顔が変になる

2・26。きょうの日付を見て、何となくそそのかされる心地で、またもや「悲しきASIAN BOY」を聴いてしまった。聴き入ってしまった。名曲!! 公式サイトより借用しました そして、秋生まれにしたいと考えていた小説の主人公の誕生日。ここ数週間、いつがいい…

反「美しい魂症候群」のために

メモ。「悪の世界が外側にあり、善良で正しく純粋無垢な〈私〉がそれと対決しているという態度にとらわれている限り——それをモートンは、〈美しい魂症候群(beautifulsoul syndrome)〉と名づけるのだが——、純粋無垢で正しい〈私〉は、その状態のままで固定さ…

「略歴」との戦い

メモ。「書くということは、『略歴』との戦いである。略歴を読んで納得するたぐいの『表現』は、『書かれたもの』の領域には入らない」(リービ英雄) 1994年、リービ英雄は「最後のエッセイ」と題したエッセイにこう書きつける……「複数の答えを出すのに…

繼續讀書,繼續思考!

いまだ読了叶わぬ愛読書が、まだこんなに。新たな必読書かつ愛読書となる予感の本も、続々と。2024年も、文読む月日重ねるよ🐢

百年の「日本語」

メモ。「私が育った戦後日本の社会では、こうした「〈外地〉の日本語文学」とでも呼ぶべき作品群がかつてあったこと自体が、ほとんど忘れ去られていた。戦後早い時期のうちには、故意に忘れようとするところもあったかもしれないが、放置が続けば、社会は本…

「失望」に抗うための、アイデンティティーを。

メモ。「名乗り、名指しをめぐる相互作用を読み解いていく作業は、今日の東アジアを生きる人びとが日本帝国崩壊後の東アジア内の「移民」に対して、無意識のうちに寄せた期待を解きほぐし、「失望」へと至らないためにも必要な作業なのである」(岡野翔太・…

「あるがまま」という領域から始まる思索

メモ。「僕が形作るのは、個々の性格ではなく、それよりも人間間の不思議な力学の場、そして状況、雰囲気によって、その場で何が起こるのかだ」(ヨン・フォッセ) 白水社から刊行されたばかりのヨン・フォッセの戯曲。初の邦訳。普段、戯曲をほとんど読まな…

「敗け」という「始まり」の地点を問い直す

メモ。「日本敗戦の過程を、複数の〈始まり〉の可能性を折り畳んだ時間として読み直すこと。それは(…)帝国日本の敗戦が誰にとっての・いかなる敗北だったのかを再審する作業を通じて、一九四五年八月十五日を起源とする『建国神話』それ自体を脱構築するこ…

練習する権利

メモ。「『帝国のヴェール』という言葉の背後にある一つの重要な認識は、私たちは、いまだに『帝国』と呼ぶほかない国家と資本によるシステム、つまりは、国境を越えた(目には見えにくい)搾取と収奪のシステムのなかにいるのではないかということである。…

ミサイルよりもこわい

メモ。「憎しみに憎しみで対抗することは、自身を変えることであり、憎む者たちがなってほしいと願う人間に近づくことだ。憎しみに立ち向かうただひとつの方法は、憎む者たちに欠けている姿勢をとることだ。つまり、正確に観察すること、差異を明確にし、自…

自分自身を説明すること

メモ①「『私』が自分を説明しようとするとき、自分自身から出発することはできる。しかしその『私』は、自分がすでに、自分自身の語りの能力を超えた社会的時間性に関与していることを見出しもするだろう。実際、『私』が自分に説明を、自分自身の出現の条件…

もう一つの私の言葉で詩を書いてみたくなる/我將來想用我的另一种母语来表达我的日常事件或個人回憶

昔から私は「詩人」を畏怖していて、というのも、散文にまみれながら生きている自分には、「詩」と呼ばれるのに耐え得る確かな強度を備えた文を、おいそれと書けるはずはないと常に恐れているからだ。 ところが、ジュンパ・ラヒリがイタリア語で書いた三冊目…

読書と創作、その無限の楽しみ

メモ。「書くことと読むことは、書き手にとってそこまで別々のものではありません。どちらにおいても、説明のつかない美しさや、作家の想像力にある複雑さや単純な優美さ、そしてその想像力が生み出す世界に敏感で、心の準備ができている必要があります。両…

もっと歴史を勉強したい

メモ。「私たちが参照する歴史とは『探究された歴史(歴史叙述)』なのであって、『実際におこった歴史』そのものではないのです。ここで言う歴史叙述には、歴史に関する著作だけでなく、一次史料とも言うべきその時代の文書、当事者の証言なども含まれます…

”不良”になる

メモ。「何かを拒絶し、拒否し、全部気に入りませんと言って選択しないことより、そうなんだ、何があったの? と言い、そうですか、そうですねと承諾することにした。まるでこれらのすべてを受け入れるみたいに。これから起きるできごとの間をひらひらと踊り…

名づけえぬことほど、語ってみたくなるのは……

メモ。「二人がどの地点にいようと、それまでの関係が何であろうと、そのほうがよかった。泊陽はげんなりしながら思った。なぜ人は真実をもっと、しかも常に知ろうとしたりしないで、名づけられない場所にとどまることができないのか。解釈がなされれば、そ…

私のものだけではない特権

メモ。 「年とった者、障害をもっている者、本物の女/男というステレオタイプに合致しない者には、〈特別の配慮〉が払われる。特別だという意識は、ここでは〈最初の〉女とか〈唯一の〉女と言うときに現れるが、それが差異の意識と混同されるのはよくあるこ…

未来、散歩、練習……そして、歴史の天使🪶

メモ。「過去の人たちが持ってこようとして努力した未来はまだ未来と感じられるし、私が思い描く未来も、未来にはまた、蘇らせたい未来となるのだろう。来てほしい未来を思い描き、手を触れるためには、どんな時間を反復すべきなのか。私はまずそれをどこか…

〈コスモポリタン〉から遠く離れて

メモ。「幾つかの言葉をあいまいに操るひとは自由に多くのひとと交流できているというより、言いたいことの底に手が届かないで孤独を深めていることも多いと思う。とはいえ、これはマルチリンガルなひとだけの孤独ではない。われわれひとりひとり、それに気…

歩くこと、線を問うこと、迷うこと、〈私〉を解き放つこと……

メモ。「記述。それは運動によって創造のための空白を開き、そこに入りこむこと。入りこみ、しかしその空白をただ占拠する/充満させるのではなく、空白にさらに多くの存在たちを招き入れること。自分がそこを開き、そこに率先して入りこむことで、空白はか…

「詩は書かれなくても存在する」

メモ。「詩を書く人、言葉を駆使できる人の責務は、自分の思いは必ずその他大勢の人が思っていることでもあるという自覚を揺るがせにしないこと。つまり自分も大衆のなかの一人なのですから、大勢の人の思いを必然的に併せ持ってもいるのです。よく自分のた…

本を読みたい私たち

メモ。「〈考え抜く〉という教養ならざる教養(非ー教養)をたずさえて私は巡業の旅に出た」(ハンナ・アーレント)。 ケン・クリムスティーンによるハンナ・アーレントの生涯を描いたグラフィックノベル。この帯文だけでも、この胸に刻みつけたい。「考え抜…

私の永遠の必読書

私の永遠の必読書。 日本語の勝利、と、アイデンティティーズ。石の聲、完全版。「国民国家」という単位に縛られながらでは、快く語れずにいた、私のアイデンティティーズを、「国語」の呪縛から解き放たれたニホン語ということばを支えに、堂々と探究する愉…

趙文欣展「Did you see the cat?」について

メモ。「趙文欣さんの作品には共通して、『視点』への強い意識があると思う。現実を静かに観察するための、対象との角度と距離が重要なようだ。本作は、監視カメラから見た映像を模して作られていて、『視点』そのものが作品化しているようでもあった」(服…