✍温聲筆記✍

温又柔が、こんな本を読んでいる、こんな文章に感銘を受けた、と記すためのブログ

「失望」に抗うための、アイデンティティーを。

メモ。「名乗り、名指しをめぐる相互作用を読み解いていく作業は、今日の東アジアを生きる人びとが日本帝国崩壊後の東アジア内の「移民」に対して、無意識のうちに寄せた期待を解きほぐし、「失望」へと至らないためにも必要な作業なのである」(岡野翔太・葉翔太)

大阪大学出版会からこの12月に上梓されたばかりの『二重読みされる中華民国 戦後日本を生きる華僑・台僑たちの「故郷」』。著者の岡野翔太(葉翔太)さんによる「アイデンティティをたどる冒険」は、ふたつの名を同時に名乗る著者らしく、ひとりの人生のなかに二つ以上のアイデンティティが揺らぎながら重なり合うという状態を、"当たり前に生きてきた/いる"語られてこなかった"人々が作ってきた「歴史」と、彼らを作り出してきた「歴史」が混じりあう場所に光を当てる冒険だなあ、とつくづく思う。

1983年にビジネスのために来日した「ニューカマー」の子として東京で育ち、いまも中華民国のパスポートを持ちながら、この国に"永住"するつもりでいる私にとって、今後ずっとこの本を傍に置いておけることはなんと頼もしいことなのだろう。何しろ私も、私たちの歴史についてよく知らぬまま、一人の「台湾」人として、日本統治下の台湾で日本語を習得した祖父母の孫として、中華民国時代に中国語を「國語」として叩き込まれた両親の娘として、中国語ではなく日本語を支えに思索を重ねてきたのだから。岡野(葉)さんのお仕事は、そんな私にとって、いつもすごく頼もしい。

『帝国のはざまを生きる 交錯する国境,人の移動,アイデンティティ』(みずき書林、2022)より

「存在しない国」と日本のはざまを拠点に、世界のあちこちを移動しながら、これからさらにまた思索を深めてゆくはずの岡野(葉)さんにとっての初の単著となるこの一冊が、私の書棚に加わったことがとっても嬉しい。