✍温聲筆記✍

温又柔が、こんな本を読んでいる、こんな文章に感銘を受けた、と記すためのブログ

名づけえぬことほど、語ってみたくなるのは……

メモ。「二人がどの地点にいようと、それまでの関係が何であろうと、そのほうがよかった。泊陽はげんなりしながら思った。なぜ人は真実をもっと、しかも常に知ろうとしたりしないで、名づけられない場所にとどまることができないのか。解釈がなされれば、それが正しかろうと誤っていようと、すべては終わってしまうのだ」(イーユン・リー)。

 時々、名づけえぬものについてほど、語りたくなる自分に気づく。語りえたらおしまいなのは、わかっているのに。いや、違う。語り尽くすつもりで始めたことが、別の語りえぬものを何度でも招き寄せる。そしたらまた次の物語が始まる。だからなのか私はこの小説がほんとうに好きだ。イーユン・リーがすごく好きだ。私がこの小説を読むの、何度めだろう。未読のイーユン・リーの本もあるのに、またしてもこの小説を読みとおしてしまった。やっぱり私は生涯にほんの数篇しか小説を読めないのだろうか。たとえそうだとしても、ちっとも嘆かわしく感じないのはなぜだろう。どちらかといえば喜ばしくさえある。この一篇はだから私にとって小説を書いているときに読みたくなる小説のうちの一つなのだ。

今日の源:イーユン・リー著、篠森ゆりこ訳『独りでいるより優しくて』(河出書房新社、2015)