メモ。「台湾をめぐって、米国と中国は同じ結論に至ることができないため、結論を先送りしつつ、衝突を回避するための言葉の調整を重ねてきたのである。
中国が主張する〈一つの中国〉原則は、台湾は中国の一部であり、主権の問題として最終的に統一されるべきだという立場である。これは原則であり、譲る余地のない前提である。(・・・)
米国はその立場を理解し、尊重すると表明してきたものの、それを自ら承認したことは一度も明言していない。台湾の将来については、平和的に解決されるべきだという立場を維持してきた。
米国にとって〈一つの中国〉は外交政策の一部であり、運用の枠組みにすぎない。」五十嵐隆幸著、『台湾有事 歴史・軍事・安定のメカニズム』(中公新書、2026)より。


愛知・名古屋アジア大会の近代五種男子団体の表彰式で発覚した痛恨のミスを知ったばかりだったのもあって、考え込んでいた。
何かと不穏な話題に事欠かないアジア大会でのその表彰式では、金メダルを獲得した韓国チームを本来なら英語で「リパブリック・オブ・コリア」と言うべきところを、よりによって、コリアの部分をチャイナ、とアナウンスが言い間違えたらしい。南北のコリアと海峡を挟んだチャイナ。
一つではない朝鮮。二つの中国。大日本帝国と冷戦構造の余波は続く。折しくもそう思っていたところ、中国の習近平国家主席を迎えたホワイトハウスでの歓迎式典で、アメリカのトランプ大統領は、第二次世界大戦で米中は「同盟国」として共に戦った、と発言したらしい。むろんトランプに「台湾独立反対」を要求する習近平は「80年以上前、中米両国人民は日本軍国主義の侵略者と戦った」と応じたという。その日のうちに台湾外交部は「(習氏の発言は)自らの立場と主張を一方的に伝えるもの」と反発する声明を出している。当然だろう。当時の米国が連合軍として戦ったのは蒋介石率いる中華民国軍で、習近平が国家主席である中華人民共和国を建国した毛沢東ではない。
日本軍国主義者を相手に、米国と「中華民国(リパブリック・オブ・チャイナ)」が共に闘ったのは、まごうことなき史実だ。政治——あるいは外交と言うべきなのか?——は、歴史の解釈を戦略にするものなんだとつくづく考え込まされる。だったらなおさら、日本にいる私が、台湾海峡の平和を望むためにはどうしたら? 台湾での居住歴が極端に短い「リパブリック・オブ・チャイナ/中華民国/台湾」籍所持者の私には、近現代史の勉強、しかないのか。投票は、日本ではできないし。台湾で、また投票する日のために勉強。勉強するしかないのか。中秋節の夜に目が冴えてしまって、いっこうに眠れない。不意に、チャイニーズ・タイペイ、というカタカナが浮かんでくる。いつも日本語でものを思う一人のチャイニーズタイペイのこの憂鬱を、とりあえず記しておく。






それにしても、ヤン監督の映画の題名の多くが、英語と中国語とで意味がいつもちょっとずれているのが、ほんとうに、たまらなく好きだ。



