メモ。「写真は、写っている〈いまここ〉を手がかりにしながらも、いくつもの別の時間への通路をひらいていくような表現だと思っています」(上原沙也加)

横浜市民ギャラリーあざみ野で開催中の上原沙也加さんの写真展(展覧会)。率直に言って、ただ、ただ、すばらしかった。見に行けて、ほんとうによかった。ほんとうに、ほんとうによかった。
「たとえすべての瓦礫が
跡形もなく
きれいに片付け
られたとしても」
はじめから、この展覧会のタイトルに私は心をうばわれていた。ギャラリーあざみ野の展示室に赴くと、展示されている写真と真剣な面持ちで向かい合う二十代や三十代と思われる若い人たちがいた。彼らにまぎれながら、那覇、宜野湾、糸満、恩納、名護、嘉手納……花蓮、緑島、台北、そして基隆……順番に見つめるという時間をたっぷりと過ごした直後、このタイトルがますます自分の奥深くでしかと刺し込まれてしまったことを感じずにはいられなかった。


「たとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」。きっと私は、こういう「想像力」をこそ、働かせたいのだと思う。ありとあらゆる、どれだけ語り尽くしてもなお、語り得ぬものの気配に、可能な限り、敏感でいたいのだと思う。上原沙也加さんが写真を撮るように、私も、私の小説を書けたら、と願う。書こう、と誓う。幸か不幸か、行き場を失ったまま、あたりを漂っているはずの、「歴史」の破片や断片は、私たちに見つけられのをいつも待っているはずなのだから。










