✍温聲筆記✍

温又柔が、こんな本を読んでいる、こんな文章に感銘を受けた、と記すためのブログ

私でいる責任

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メモ。「私には考える時間がある。それこそ大きな、いや最大のぜいたくというものだ。私には存在する時間がある。だから私には巨大な責任がある。私に残された生が何年であろうと、時間を上手に使い、力のかぎりをつくして生きることだ。これは私を不安にさせはしない。不安は、私が知りもせず知るすべもない多くの人々の生活と、アンテナかなにかでつながっているという自分の生活の感覚を失ったときに起こるのだ。それを知らせる信号は、常時行きかっている」(メイ・サートン)

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最近、あまり長い時間をかけて日記を書かなくなった。昔は、日記を書かなければ不安でしかたなかった。日記を書いているときだけ、不安が遠ざかるのだ。たぶん最近の私にとっては、小説が日記の代わりになっている。私は小説を書く。私には小説を書く時間がある。私には考える時間もある。私には巨大な責任がある……だからといって、私は私以上の何にもなれない。なったつもりになってはならない。ただ、私以下のものとして扱われる屈辱に甘んじてもならず、とにかく私は私でいる責任がある。

 

今日の源:メイ・サートン著、武田尚子訳『独り居の日記』(みすず書房、1991)